テクノイコン? (1990)

 
テクノイコン? (1990)
 
キリンビール PR小冊子「キリン ラガー クラブ」掲載コラムエッセイ 1990年
 いよいよ'90年代である。我々がその生涯にたぶん一回こっきりしかお目にかかれないであろう世紀末の、秒読み段階に突入したのである。さて、どんな時代になるのやら、どんな新しいムーヴメントが現れるのやら、何がインやらアウトやら――、等々と人類の未来を肴に、夜中に一人で酒を飲んでいると、トントンと肩口をたたく者あり。「誰かな?」とふり向いてみるとまさしくそれは、私の人生に欠く事の出来ない存在であるところの、例のオジさんであった。私は彼のことを導師(グル)と呼んでいる、いちおー。訳のわかんない者にはとりあえず一応、敬意を払っておく、というのが私の基本姿勢である。

  グルいわく、「これからはねぇ、お前」。ああ懐かしいその響き。思いおこせば十数年前、やたらとポジティヴな想いを抱えつつ、悩み苦しむパンク少年だった私に「これからはねぇ、お前。お前の好きなパンクやニューウェイブをテーマに、得意なマンガを描いてみればいーと思うぞ、ワシは」と行くべき道を説いてくれたのがこのグルであった。そう言えば'80年代半ば、「ワシャきっと、またサイケが流行ると思うなあー、なんとなく」と耳元で囁いた事もあったっけ――。

  グルいわく、「これからはねぇ、お前、時代はどんどん復習期に入る。言ってみれば、今世紀の総おさらいじゃな、何でもアリじゃ」。しばらく会わない間に、グルの言葉には説得力が増している。「その中でもひときわ目を引くのが、その両極端を成すもの、テクノロジーと精神性(スピリチュアル)じゃ。より遠くを行くものは、より近くなる。やがてこの二つは一致して、輪は閉じられるであろう」。「どういう事ですか?導師」と私。「わからんやっちゃな、お前は。世紀末の不安と情報社会の呪縛からか、人々の意識はますます己の内部、スピリチュアルな所へ向けられる。片や、その両極端を成す筈の、異常なスピードで発達するテクノロジーも、そっちへ急接近しておるのは周知の事実じゃ。やがてそれは一致する。つまり、近い将来、テクノロジーによるウッドストックみたいな現象が起きるに違いない」。「本当ですか?導師」。「これ以上つっこむなよ」と捨て台詞を残してグルは消えた。

  さて、それ以来は私は、テクノイコン(勿論テクノロジー+聖画の意)をテーマに創作を続けている。時代の雰囲気はますます濃密になる。はたして、テクノロジーによるウッドストック・フェスティバルはくるか?