2009-09-01
by Yla

イラテックサイト2009

今回のイラテックサイトリニューアルにあたり、昔の仕事とかを整理していて、
今更ながら「へええー」と感じいってしまった。

というのも、僕が最初にインターネットの仕事、
今でいうウェブサイトの制作をやったのが1996年というから、じつに13年前のことになるらしい、、、。

 

13年スよ、13年。

おぎゃーと生まれた赤ン坊が、ニキビ面の中坊になって

「なあ、かあちゃん、小遣いくれよお、、くれなきゃ、オレグレちゃうからね、、」

といっぱしの不良ぶってスゴみ始めてもおかしくないような年月だ。

・・・・ああ13年。

 

その当時僕は、富士通の人工生命ソフト「TEO」のアートディレクションというのをやっていて、
そのホームページ(当時はこう言いました)を制作したのが、
このネットの大海原に漕ぎ出した最初の体験ということになる。(ざっぱあーん)

 

たぶん、その計画や作業自体の立ち上がりは95年くらいから始まったんだと思うけど、
なんせウェブ制作は初めてだし、何をどうやっていいものかも分からないわ、
その時代まだ周りに助言をもとめられる人もいないわで、当初は本当に苦労した。

たぶん、苦労したんだろうと思う。
したに違いない、、、、。

 

と、つい、うやむやになってしまうんだけれど、、、、

でも本当のことを言うと、そのへんの記憶があいまいであんまし苦労したという記憶はないのでした。

だけど、新しいメディアに挑戦するというわくわくした感じ、
新しい時代が始まろうとしているキラキラ感は実によく覚えている。

なんせ昔から新しいものが大好きなのだ。

「これからはインターネットだっ!!」と、かなり入れ込んで盛り上がってたんではないかと思う。

それが証拠にその勢いで同年、次々とホームページ制作の仕事に携わっている。

音楽事務所アミューズのホームページ立ち上げに関わり、
その年の11月3日には現在も続く仕事になる手塚治虫公式サイトもオープンさせている。

 

で、そんなこんなで13年。

ネットの世界もムチャクチャ様変わりしてしまいました。

牛が道端で草を食んでいるような牧歌的な農村地帯が、
いきなり縦横に高速道路が走り摩天楼が天をつく未来都市へと変貌しちゃったみたいな感じ。

もうあんまり、道端でのんびり立ち話をしているような時代ではなくなってしまったのね、きっと。

 

 

さて、のっけから、ホコリをかぶったような昔話で恐縮です。

でも、せっかくサイトもリニューアルし、長年やらなければ、、、
と思い続けてきた作品のアーカイブ化とネット上での公開も始めたばっかりなので、
このブログではそんな過去の仕事にかかわる昔話もどんどん書いていこうと思っています。

昔ながらの道端でのんびりと立ち話をしてるような感じで、、、、。

 

それに今書いておかないと、僕も、どんどん、忘れちゃうからねえ、、、。

 

関係ないけど、のどかな夕暮れの画像をつけてみた

関連記事